291. JCF (ジャパンキャンサーフォーラム) 2025 -2025.8.3
8/3 日曜日は JCFジャパンキャンサーフォーラムに行きました
土日の開催でしたが、ニコット(Nicotto 頭頸部がん患者と家族の会)のブースが日曜だけでしたので、日曜だけでした
逆に土曜日のみの、がんフォト❋がんストーリー、に行けず残念でした(マリさんすみません...)
どの団体も、今はなかなか2日間の枠がとれず、片方1日になってしまうようです
サバイバーの仲間たちに1年ぶりのかたが多かったですが、ご挨拶できて楽しい時間でした
ひまわりも今回の手作りと知ってびっくりでした
毎年つくっていらっしゃるなんて...
ラベンダーリングも壮観でした
でも JCF でお会いしていた、もう亡くなってしまったかたを拝見すると、さみしい気持ちになります
はまさんの前で、チームACC(※)のかたがた、ゆっこさん、あっつんさん、ふうママさん、まりもさんと、写真撮りましょう、のなかに入らさせて頂きました
(※)ACC: Adenoid Cystic Carcinoma(腺様嚢胞癌(せんようのうほうがん))
はまさん変わらない
でも時間は過ぎて、生きていれば、どんどんいろんなことがおきて、少しずつ遠くなる思い出
お昼に外にいきましたら、JCF の会場の国立がん研究センターが良く見えました
堂々たる高層の建築
前から、築地の市場のワイワイがやがやの街並みとは一線を画す、要塞っぽい?、けっこう威圧感ある印象でした
今日、少しなぞが解けた気がしました
戦前は「海軍軍医学校」だったそうなのです
偶然かもしれませんが、軍事施設っぽい「なんか強そうな」印象があながち間違ってなかったのかもしれません
がんサポとまり木のイベントでは、輪になって歌の手拍子をしたり紙飛行機を飛ばしました
その後、会場をあとにして、少し散歩しました
暑かったのですが、休みの日もなるべく歩いて汗をかいて、平日の工場の巡視でバテないようにしています
消防署の前で、消防隊員のつわもののかたがたが、腹筋されていました💦
つわものといえば、海軍軍医学校で思い出したのは、わたしの遠い親戚に、戦前、海軍のけっこう上の位のかたがいました
たしか巡洋艦という表現だったと思いますが、戦艦の艦長さんだったそうです(戦死されています)
退艦せずに艦と運命を共にされたようで、なんで船と一緒に沈むのか、とか小学生のころに父に連れられて訪問した親戚にその話を伺ったとき、生きながらじわじわと海に沈むなんて怖い、と思ったことを思い出しました
運河が増えて、だんだんと地元に近づいたことを感じます
かれこれ国がん研から 3~4km ほどは歩けたようなので、地下鉄に乗りました
地下鉄の車内では、涼しげな山に誘う広告が...いつか自分もいってみたいなと、あらためて思いました...雷鳥に会いたい...
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