319. 連休のあれこれ - 2026.2.21-23
2/21 (土) は、東京の家族宅のほうで、自治会で申し込みしていたドラゴンボートの体験会に参加しました
例年、4月に大会があるのですが、自治会で 16人以上集め、十何年かぶりに参加するとのことで、その練習です
天気良く、艇からみる川岸はなかなか無い風景で、楽しめました
ですが、翌日に足と腰と背筋が痛くて、だるかったです...
腕はあくまでオールの一部で力を入れない(使わない)で、足と背筋で漕ぐ、というのが面白いと思いました
筋肉痛の位置からは、言われた通りのオール操作ができたようで、痛いのですが、良かった、という感じでした
また来月にもう1回、練習して、4月の本番にのぞみます
ボートのあとは、両親宅にいって、お昼に外に行きました
両親とも変わらずで安心です
2/22 (日)は、午前中に自治会費の年会費の集金を自分の班でおこないました
10人ですが8人が在宅しており、あと2人という気楽な感じもありますが、残ったかたは休みの日の午前中でもいないかたなので、夜にいくときは事前に電話しないと、という感じです
本日 2/23 (祝)は、父の姉が亡くなっていたので、葬儀にいきました
同じ関東でしたが葬儀場は郊外なので、車に父を乗せていきました
母は祝日でもカレンダーで平日の位置の時は、デイサービスがあるので助かります
葬儀は、葬儀と初七日が一緒でした
保存の技術の向上とあわせて、こうした葬儀は珍しくないそうです
伯母(父の姉)ということもあり、父の家からみましては嫁いだ先の葬儀ではあります
ですが、父からみますと、自分の母親(わたしの祖母ですが、わたしが生まれる前に亡くなっています)を除いては、こちらの亡くなった父の姉は、長く唯一の(親族の付き合いのある)家族・身内でした
感慨があったと思います
父は、父の姉とは、年が10歳以上離れており、その姉のお子さんがたは、あたかも自分の妹や弟かのような感覚で 10代を過ごしたそうです
父の姉が嫁いだ先が、お互いの家の近隣ということもあり、近所であったそうです
なので葬儀は悲しいことかもしれませんが、父から見た姪っ子・甥っ子たちと父はお話しできて良い時間を過ごせたようでした
わたしを知るかたはその姪っ子さんがた、まででした
そのお子さんがたとなると、お互いにわからない感じでした
意外だったのは、わたしの母を知るかたが多かったことでした
父の姪っ子からみますと、私の母は、叔父さんの奥さん
母は父よりも年下ということもあり、父の姪っ子からしますと、わたしの母は年がそれほど離れていないお姉さん、という感じだったことがわかりました
父の姪っ子のかたがたは、それぞれ学生のころ(結婚するまでの間)、よくわたしの両親の新婚の家に(私の生家ですが、私がまだ生まれる前)、遊びにきていらした、という話をはじめて私はうかがいました
今日の葬儀に父と参列することは前から知っていましたので、一昨日 21 (土) に会ったとき、簡単に家系図をまとめていました
気づいたのは、明治・大正時代だからかどうかわかりませんが、先妻、後妻という言葉が何度もあったこと
私の祖母は先妻の子であった(後妻のかたはお子さんを何人かもうけたが、その後に早世されたので、祖母は、母親違いの妹や弟の面倒を見ていた)
そして、祖母は、自身は後妻として嫁いだ
別の話としまして、やはり時期から、戦争の影響があることもわかりました
職業軍人として戦没されたかたが、何人か、いらっしゃる
軍人でなく、兵役で徴兵され出征したかたがたも、何人もいらした
そのかたがたは、軍人だった親族たちとは異なり、全員、無事に帰国された
今回、亡くなった "父の姉" の、夫のかた(数十年前に亡くなっていた)も、その一人だった
他方、兵士ではないが、戦争のために亡くなったかたもいらっしゃった
戦前は、先妻・後妻もそうですが、6人兄妹、7人兄妹とかが珍しくなく、家系図も名前がわからない(父が思い出せないかたがたもいらして)断片的でしたが、なかなかのものでした
情報が無いので家系図には入れていませんが、今回の "父の姉" の夫のかたは、8人兄妹の三男でいらしたことも、今日はじめて知りました
実感したのは、娘さんというのは、嫁に行く、それまでの旧姓の家から外に出るというイメージですが、実際には(特に長女のかたは)自分の親を介護したり看取ることがあることは、自分の親族でもそうでした
父の姉も、息子さんはいらっしゃいますし、今回の喪主でした
ですが、そちらがメインストリームのはずなのですが、実際には、いちばん上のお子さんたる長女のかた(わたしの父と長くつきあいのある父から見た "姪っ子")が、父の姉の面倒を長年、みていらっしゃいました
その父の姪っ子のかたの旦那様は、近年、お亡くなりになりましたが、そちらの系列のご親族のことも、姪っ子のかたからすれば、あるはずなのですが、知られていないのです
普段は接点がないのに、存じ上げないかたが多すぎて、わたしはアウェイを通り越し、父の運転手・おつきの人になった感じでした
ですが、自分のルーツの周りをなぞれた感も多少あり、父が良かったのであれば、それで良かった、というおだやかな気持ちです
0コメント