320. AYA week 誰もが生きやすい明日へ - 2026.3.7
AYA世代(15~39歳)の "がん" について想う1週間が、昨日 3/7から始まりました
AYA世代のがんを経験した方々、支援する人々が集まる交流会の開催が東京でも開催されました
わたしは 10年前に舌がんに罹患した時で既に AYA世代では無かったので、がんサバイバーの集まりも AYA 世代ということではこれまで参加したことはありませんでした
今回、AYA Week 東京会場のボランティアのまとめ役のかたと、昨年 12/15 の船橋のお寺の "がんフォト❋がんストーリー" で知り合い、どなたでも参加できますよ~と教えて頂き、はじめて AYA Week 交流会の東京会場に参加しました
臨海副都心のビルの貸会議室でした
大阪と福岡ともオンラインでつないで、リレートーク
東京は 60~70人くらいのかただった、と伺いました
高野利実先生の開会ご挨拶のあと、3会場6名のかたがたのリレートークからはじまりました
医学生のころに、がんに罹患し、その後、医師として、ご自身が罹患した、がん種の専門医になられた医師のかたのお話しが、いちばん印象に残りました
患者さんから、"先生には手術して取ることの辛さはわからない" と話されたことがあった
患者さんは、目の前の主治医が、まさかそのがん種の体験者とは夢にも思わない
お話しされた医師の方は、けっして、ご自身の罹患経験を患者さんに伝えることはない
先生は、「心のなかで "わたしも取りました" と思った」ことは、かつて、あった
しかし患者さんにそのお話しをしたことは無い
プロフェッショナルという言葉がキーワードでした
後で、わたしが少し考えたのは、"専門家であることと、患者さんに寄り添う、それは別の話"、なのかな、ということです
寄り添うのは、患者の目線では、大事なことです
ですが、それは患者さんのご家族や、専門ということでは、臨床心理士の職域の分担なのかな、と思ったことがあった私の自分自身の罹患時に悩んだ経験を思い出しました
そのリレートークで、お話しされた先生は、医師になられてまもないころ、ご自身が罹患したがん種の手術をこれからうける手術台の患者さんを目前に、こわさ・おそれのような感情がまったく無いわけではなかった、そうです
今はもう自分がその分野の専門医だと自分でもそう言えるので、そのような感情はないです、とのことでした
それは、医学生のころに罹患したとき、主治医の先生が、その分野を選ぶのであれば、そういうおそれは、医師になった将来、感じてしまうのではないか、と仰って(気遣って?)くださったとおりだった、そうです
おそらくは、プロフェッショリズムに影響があるのではないか、という専門職・職業人としての指導者と若手という会話の流れ、と推察しました
プレイベントでは、がんフォト❋がんストーリー
桜の写真に、暖かい春ももうすぐそこだと思いました
そういえば、AYA 交流会の最後のプログラムに、小さな班に分かれ、各班でファシリテーターのかたがいらっしゃり、みんなで順番にお話しをする機会がありました
わたしのグループで、もう1名、舌がんのかたがいらっしゃいました
後で、少し立ち話をさせていただきました
治療後まだ数年ということで、AYA ということでもそうですが、舌がんということでの集まりにもご関心をおもちのようでしたので( "元気会" の紹介をしました)、連絡先を交換できました
もう1つのプレイベントは、身体測定...
...太っている...数値は OK でしたが...これが今の自分です💦
あるがままに生きるということは良いことなのですが、わたしは服を買う、ということがあまり好きでないので(服に興味が無いのです)、少しでも歩くことにしよう、とあらためて思いました🍀
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