231. レモンの花 (今) & サイゼの店のレモンサワーを飲み干した日 (昔) -2024.5.12
(大昔のサイゼでの一件は、後半です)
数日前から、ベランダのレモンの木が咲きはじめています
いい香りです
昨年(2023年)は、5/3 に写真を撮っていました(下記の冒頭です)
一昨年(2022)は、5/28
その前(2021年)は、4/24 でした
レモンの木を家に迎えたのは前年2020年でしたが、その年は咲きませんでした
ですので、ここでは2021年が初めての開花でした
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そしてサイゼリヤのレモンサワーのエピソード
いや、いい年した大人がどうかな、と思いますが、ちょっと変わった経験でした
長男が少年野球(小学生)のチームに入っていた頃なので、12年くらい前のことです
わたしは野球コーチの末席でした
練習や試合の後は、チームで集合場所までいったん戻って、その日の解散をして、子どもたちを帰します
夕方で暗くなっていたり、逆にまだお昼であれば、コーチ陣も解散です
ですが、たまに、微妙な午後3時前後の解散がありました
特に大会期間中の、試合の後とかがこういう半端な時間でした
そういうときだけ、ちょっと飲みましょう、という感じになって、コーチ陣は家に帰らず、みんなでサイゼリヤにいきました
サイゼリヤが集合場所(団地の広場)の近くにあって、もちろん午後3時でも普通に開いています
で、みんなでワインをデカンタで頼んだり、エスカルゴみたいな変わった美味しいおつまみを囲んで、ワイワイ
次の試合の選手たちのポジションや打順が、いちばん盛り上がります🌟
地域の少年野球チームが一堂に会して、定期的に野球場の練習枠の割り当てを決めるときの、うちのチーム希望を確認したりといったチームの事務的なことも、飲みながらメモをとって✨
代表(お酒たくさん)
総監督(お酒たくさん)
コーチ1(お酒たくさん)
コーチ2(お酒とたばこ、両方たくさん)
コーチ3(お酒だけ普通)
コーチ4(お酒は普通、たばこは少し)※わたし(当時は2日~3日で1箱くらいでしたが喫煙者でした)
という陣容で、6人全員が、飲むのです
はじめの乾杯は、みんなで生ビールが多かったのです
ですが、どういうわけか、なぜかこのとき、チーム代表は、レモンサワーを頼まれていました
そしてサイゼのレモンサワーは、チューハイの「缶」(売られているまま)で、でてきて、自分でグラスに、というスタイルです
※サイゼリヤ HP グランドメニューから、画像キャプチャさせて頂きました
チーム代表は、テーブルの上に置かれたチューハイの缶をじっとみつめる
お店のかたに質問
「あれ?これ缶のまま?チューハイのグラスとかでは、でてこないの?」(代表)
「はい、レモンサワーは、缶ですので、グラスにはご自身で...」(お店のかた)
「...」(代表)
「...」(他のコーチ...メニューも缶の写真であるじゃん...何かあるかも...予感...)
ひとまず乾杯
グラスをテーブルに置くやいなや
「缶のままはないでしょう。みなさん、この店のレモンサワーを空けましょう。」(代表)
そして全員、以降、レモンサワーを注文
話しでワイワイ、軽く食事をしたりは、いつも通りでした
飲み物だけは、ひたすら「レモンサワー縛り(?)」でした
わたしの記憶では、たしか 64缶までいったときに、店長がきました
「申し訳ございません。当店のレモンサワーが無くなりました。」
勝ち誇ったような、代表
「みなさん、やりましたよ。このくらいのことして、わからせないといけません。」(何を???)
時間はいつも、家の夕飯までという雰囲気なので、2時間位だったと思います
飲めたかたは 13缶~14缶くらいいっていましたが、わたしは平均だなって思ったので 10缶くらいだったのでしょう
度数が5%くらいと思いますが、それでもけっこう酔って自転車に乗れなくて、押して帰りました
わけがわかりません
サイゼは、1人で出先での変な時間の腹ごしらえとかで、たまに行きます(当時も、今も)
美味しくて安いと思います
いまでも、行ってメニューの缶をみると、つい、あのときの代表の
「みなさん、空けましょう」
ひたすら、とりつかれたように大の大人6人が、レモンサワーを注文
(...ありえないテーブルの空き缶...店員さんをたまに呼んで片づけてもらう)
思いだしてしまいます...あれはなんだったのでしょう...と...
チームは、わたしが北関東に転勤して、次の年に子どもがいなくて(選手が足りずにチームがつくれず)、解散しました
チーム解団式が、わたしが舌がんで入退院していた 2016年3月だったので行けなかったのが残念でした
長男が中学になってチームを卒部しても、わたしは転勤までの1年間、コーチを続けていました(それが転勤の前年ごろ)
2018年になって東京の勤務に戻って少しして、その翌年(2019年)あたりに、このときのコーチ1のかたに、お会いしました
お互いの子どものその後の話をしたり、わたしの病気が落ち着いたこともお知らせして、楽しく飲みました
でも熱量というか、少年野球のチームが無いと、当時のコーチの大人同士が会っても、ちょっと空っぽな感じがしました(あのときチームでは、コーチ同士であんなに楽しく飲んだのに)
そのときは少し驚きました
そうか、だからみんな、解団後は、コーチたちも集まらない、集まろうとしないんだなって、後で気づきました(わたしは病気もそうですが北関東にいたことが大きく、そのことに気づくのが少し遅かったのです)
寂しいようですが、子どもたちの成長のために大人がささえていたことです
だから子どもが次のステージにすすめば、前の段階での大人たちのグループには、今の用は、ないのです
前を向いているから、昔のコーチ仲間にあっても、何か物足りない、寂しい感じになるのかなと、今はわかります
定年とかで、仕事の務めが全くなくなると、こんな感じになるのかしら、とも思います
(いまの仕事の話がないと、仕事のつきあいだけの昔の同僚には、会っても、盛り上がらない?)
ですので、仕事で知り合っても、ごくまれに仕事を超えたつきあいができるかたを、大事にしたい🍀
そして人のつながりや日々の生きる目的があれば、働きつづけたい、と思いました🌊
でも仕事の量は、いまのようにたくさんでなくて、ほどほどが良いですね(...都合が良い💦)
そうしたら、かならずしも、会社員という形ではなくても良いのかな、とも思います
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